難色を示していたカナダが譲歩し、3月8日チリでTPP11協定に署名する運びとなった。とうとう日本が主導した大型の自由貿易協定(メガFTA)が発足する。同じく大型の日EU自由貿易協定も妥結しているので、日本は二つのメガFTAの参加国となる。日本はメガFTAを通じて、EU、カナダ、オーストラリア、メキシコなどの大きな経済とつながることになる。
世界でこれ以外のメガFTAは、アメリカ、カナダ、メキシコが参加するNAFTA(北米自由貿易協定)しかない(域外の関税も統一する関税同盟にはEUや南米のメルコスールがある)。交渉中のものとしては、アメリカとEU間のTTIP、中国・インドも参加するRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)があるが、前者は中断しているといってよい状況であるし、後者については日本も交渉参加国である。つまり、日本が世界のメガFTA交渉をけん引しているといってよい状況になっているのだ。RCEPが妥結すると、日本は中国・インド経済ともつながることになる。
TPP11と日EU自由貿易協定はアベノミクスの成果だと評価してよい。2016年の段階では私のTPP11の主張に反対していた安倍政権が、トランプ政権発足後の昨年春に翻意し、TPP11交渉をリードして署名まで持って行った。日本が多国間交渉を主導するというのは、そんなにはないことだ。
しかし、今回のTPP11協定には不満な点がある。アメリカの復帰を期待して、アメリカの要求で他の国が譲歩した項目の効力をアメリカが復帰するまで凍結したことである。つまりアメリカが復帰するなら、もとのTPPに戻しますよということなのだ。勝手に離脱して、日本を含む11カ国にTPP11という余計な交渉を行わせたアメリカへのペナルティはない。
中国がWTOに加盟した時のように、アメリカがTPP11に加盟したいというのであれば、本来なら既加盟国である11カ国はアメリカに様々な要求を行うことができる。これに対してアメリカは11カ国には何も要求できない。これが新規加盟交渉というものだ。
つまり、日本はアメリカからオリジナルなTPPで合意した以上の農産物関税の譲歩を求められることなく(実はそれも白紙撤回可能である)、またTPPで合意したように25年もかけてアメリカの自動車関税(2.5%)を撤廃するのではなく、この即時撤廃を要求することができたのである。残念ながら、日本はこのような交渉の途を閉ざすことになった。これもある意味でのアメリカ第一主義である。
現状でもアメリカの関税は低い。加えて、自動車関税に見られるように、オリジナルなTPP交渉で日本がアメリカ市場に対して追加的に得たアクセス改善はほとんどない。アメリカがTPPに参加しなくても、日本企業は大きな貿易障壁もなく今まで通りアメリカ市場に輸出できる。アメリカのTPP復帰によって日本が得る利益は少ない。
他方日本市場では、高い関税を払わなければならないアメリカ産農産物は、TPPによる低関税で輸出できるカナダやオーストラリア産などの農産物に日本市場から駆逐される。アメリカのTPP離脱で困るのはアメリカであって日本ではない。もし安倍政権がアメリカの復帰を望むのなら、熟柿が落ちるように待つだけでよい。戻ってきたいというのであれば、TPP11の別枠で、これまでの迷惑料として2.5%の自動車関税の撤廃くらい要求してはどうだろうか?
日本政府がアメリカ復帰よりも優先的に行うべきことは、TPP参加国の拡大である。アメリカ産農産物の例でわかるように、自由貿易協定の本質は、非参加国への〝差別〟、〝排除〟である。参加すると大きなメリットを受けるが、参加しなければ自由貿易の果実を享受できないばかりか、他国との競争に負けるという不利益を受ける。特に、メガFTAには参加国が拡大するというドミノ効果がある。
このため、オリジナルなTPP交渉が妥結した直後、韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、タイが参加の意思を表明した。ベトナムが参加しているTPP11に、それよりも発展段階が進んでいるタイなど他のASEANの国が参加できないはずがない。TPP11に参加すれば、タイはベトナムと同様、これまでNAFTAによる関税無税の下でアメリカ農業が独占してきたメキシコ米市場への参入を開始・拡大できるという利益を受ける。同様のことが他の市場でも生じる。
農産物の日本市場をTPP11で奪われるアメリカが日米FTAを要求してくるなら、日本は多国間自由貿易協定(メガFTA)主義に転換したのでTPP11に参加しなさいと主張すればよい。理論的にも、二国間の自由貿易協定よりもメガFTAの方が、国際経済学で自由貿易協定の問題だとされる、世界で最も安く供給できる国から自由貿易協定参加国からの輸出に転換されるという貿易転換効果や多数の二国間協定それぞれの関税、ルール、規則などがこんがらがったスパゲッティのように錯綜して貿易が混乱するというスパゲッティボール効果は少ない。
本年に入り、英紙はEUから離脱したイギリスもTPP11への参加を検討し始めていると報じている(これは2016年から私がWEBRONZA上で主張し、実際にイギリス政府の高官に提案していたことでもある)。TPP11に地理的な制約はない。トルコ、ブラジル、ケニアが入ってもよい。
当初EUは日EU自由貿易協定に関心を示さなかった。これを主張していたのは、EUと韓国の自由貿易協定によって無税で輸出できる韓国企業に対し、高い関税を払わなければEU市場に輸出できない日本の自動車・家電企業だった。それがTPP交渉の妥結で、チーズ、ワイン、豚肉等の日本への輸出が不利益を受けること(日本市場での差別、これからの排除)を心配したEUが、日EU自由貿易協定への積極姿勢に転換し、これが妥結につながった。これもドミノ効果である。逆に日本市場で、アメリカ産農産物は、カナダやオーストラリアなどTPP域内国産に加え、EU産よりも競争条件が悪くなった。
中国・インドも参加するRCEPでは、TPPのような高いレベルの協定内容は期待できない。また、TPP とRCEP が併存するより一つのTPPに統一される方が、スパゲッティボール効果は少ない。RCEPに人的資源を割くよりは、TPP拡大に人的資源を投入すべきだろう。TPPが拡大していけば、ドミノ効果が働き、アメリカだけでなく中国・インドもいずれ参加を検討せざるを得ないだろう。それでこそ、安倍総理が提唱する〝自由で開かれたインド太平洋〟が実現できるのではないだろうか。