コラム  国際交流  2012.08.13

現在の経済危機について(8):最近の世界経済上の4事件とその影響

シリーズコラム『小手川大助通信』

今年の春以降、それでなくとも厳しい状況にある世界の金融分野で、4つの大事件が出てまいりました。JPモルガンの巨額損失問題、LIBOR金利の操作問題、HSBCの資金洗浄(マネーロンダリング)問題、そして銀行と証券の分離の問題(グラススティーガル法の導入)です。

 

 1.JPモルガンの巨額損失問題――優等生の失敗が投資銀行全体に対する信用失墜へ

2012年5月10日、JPモルガンのダイモン最高経営責任者(CEO)は、今年4月以降にデリバティブの取引で、20億ドルの損失が発生したと発表しました。この発表は関係者に大きな衝撃を与えました。

(1)リーマンショック後、ウオールストリートのメガバンクの中で、JPモルガンは最も保守的で問題の少ない銀行と考えられてきました。ダイモンCEOもそのような評判を背景にして、政府や議会による金融取引の規制の立法に対し、先頭に立って反対してきました。そのような銀行でもハイリスクの取引を大規模に行い、しかも、行内でチェックが行われていなかったことが明るみになったことから、「リーマンショックを受けても投資銀行の連中は全く懲りていない。相変わらずハイリスクな取引にうつつを抜かしている。このようなハイリスク取引を行った結果彼らが作った損失について、金融システムを守るために必要だからとはいえ、納税者の税金を使う必要があるのだろうか」と、投資銀行一般についての一般の考え方が大きく変わることになりました。

(2)また、市場関係者は、JPモルガンが発表した数字について、「これくらいの小さな金額で発表をするわけがない。損失額はもっと大きいのではないか。(発表時にダイモンCEOは6月末までにさらに10億ドル損失は膨らむ可能性があると付言していましたが)」という疑いの声が幅広く起こってきました。JPモルガンだけでも損失額は発表額の10倍くらいあるのではないか、そして、JPモルガンほどではないが、他のウオールストリートのメガバンクも同じような損失を抱えているのではないか、との懸念が市場関係者から上がってきました。

(3)そして、この事件を契機に、従来からくすぶっていた、「グラススティーガルの再導入」即ち、銀行と証券の分離を行うべきという議論が急に勢いをつけてきました。再導入の法案は既に2011年4月に米国議会に提案されていましたが、JPモルガンの事件を受けて、これを速やかに可決すべきであるとの声が急激に強くなってきたのです。ウオールストリートの必死の根回しで、現在まで法案は採決にかけられていませんが、採決にかかれば、間違いなく可決されるだろうと言われています。

(4)仮にこの法案が通れば、どのようなことになるのでしょうか。これは次のような金融部門の大幅な変革をもたらすものと考えられます。銀行と証券の分離となれば、当然ながら、投資銀行部門と商業銀行部門それぞれの資産を、デューディリジェンスによって確定することになります。現状では、投資銀行部門は、リーマンショック以来の多額の損失をかかえている可能性が高く、債務超過、即ち清算されざるを得ない可能性が高いものと考えられます。そうすると、ゴールドマンサックスやバンクオブアメリカの投資銀行部門(旧メリルリンチ)は清算され、完全に地上から姿を消すことになるわけです。ウオールストリートがこのような結果をもたらす可能性が高い法律の導入に大反対するのも当然です。

(5)しかしながら、法律を導入すれば、投資銀行同士で作っているポジション(単純化して言えば「賭け」)が相殺されるので、銀行が抱える損失は大幅に減少し、税金を使って対応できる規模まで縮小されることが期待されます。また、いわゆる「セーフティーネット」は庶民の預貯金を守るだけに使えばいいことから、投資銀行の「賭け」までカバーする大規模なセーフティーネットは必要なくなるわけです。リーマンショックの際には、主として投資銀行が作った損失を救済するために、税金を使うことになりました。法案を支持する人たちは、そのようにして救済されたにもかかわらず、投資銀行家たちは全く責任を取らずに高給をはみ、従来のやり方を反省することもなく同じような取引を繰り返して多大の損失を生じさせたことを指摘して、銀行と証券の分離を主張しています。



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