メディア掲載 グローバルエコノミー 2012.02.23
1.ISDS条項があるからTPPに反対だという主張をよく聞くようになりましたが、ISDS条項とはどのようなものでしょうか?
ISDS条項とは、投資家が投資先の国家の政策によって被害を受けた場合に、その国家を第三者である仲裁裁判所に訴えることができるというものです。ISDSとは、Investor‐State Dispute Settlementの頭文字をとったものです。これは、投資家と国家間の紛争処理という意味です。通常、条約では国と国との紛争が処理されます。しかし、外国に投資をした事業者が突然国有化などで投資した事業が行えなくなった場合などに、母国に紛争処理を頼んでも、外交上の配慮から国に取り上げてもらえなかったり、投資先の途上国の裁判所が信頼できない場合もあることから、このような投資家保護の規定が置かれるようになりました。
2.ISDS条項の何が問題だとされているのでしょうか?
国有化に見られるような直接的な財産権の没収、収用の場合だけではなく、規制の導入や変更によって収用と同じような被害を受ける場合や投資家の期待した利益が損なわれるような場合についても訴訟の対象とされるので、日本政府が外国企業から訴えられるのではないかという批判がされています。
しかし、単に投資家が損害を被ったら、訴えることができるというものではありません。規制の変更などによって国有化に匹敵するような「相当な略奪行為」があるような場合や、国内の企業に比べて外国の企業を差別するような場合でなければ、ISDS条項の対象とはなりません。
ISDS条項への批判は、アメリカ、カナダ、メキシコが参加するNAFTA(北米自由貿易協定)のISDS条項を使って、カナダやメキシコの環境規制がアメリカの企業に訴えられたことから、環境団体が問題だと主張するようになり、それが日本に伝わり、主張されるようになったものです。しかし、メキシコが廃棄物の処理を行っていたアメリカ企業に訴えられて敗訴した事件は、メキシコの連邦政府が企業立地を許可し、地方政府の許可は必要ないと、この企業に保証しながら、権限のない地方政府が一方的に立地を否定して、設備投資が全く無駄になったというケースです。カナダがガソリン添加物の規制を導入することによってアメリカの燃料メーカーが操業停止に追い込まれたため、訴えられた事件では、ガソリン添加物の使用や国内生産は禁止しないで、(連邦政府の権限が及ぶと考えられた)州をまたいだ流通や外国からの輸入については規制するといったものであり、外国企業に一方的に負担を課すものでした。また、これは、ISDS条項ではなく、国内の手続き違反との理由で連邦政府が州政府に国内で訴えられて敗訴した結果、規制が撤回されたというものでした。
3.アメリカ企業に訴訟を乱発されるという心配はないでしょうか?
アメリカ企業は訴訟が好きで、しかも仲裁裁判所の一つはアメリカ人が総裁をしている世界銀行の下に設けられているので、アメリカに有利な判断が下されるという主張がありますが、これは誤りです。世界銀行は仲裁判断には一切関与しません。また、NAFTA成立後20年間でアメリカ企業がカナダ政府を訴えたのは、たった16件です。1年に1件もありません。その16の事件で、アメリカ企業が勝ったのは2件で、5件で負けています。
4.ISDS条項によって、日本の国内規制が変更されるという主張については、どうでしょうか?
企業に対する措置が恣意的で、不公正なものであり、外国企業だけを不利に扱うような場合を除いて、国家の正当な政策が問題とされないことは、仲裁の判断として国際的に定着しています。そもそもどのような規制を行なうかは、その国の自由です。外国企業のみを狙い撃ちするような不当な措置でなければ、医療政策、環境規制や食品の安全性規制なども、問題とされることはありません。しかも、仲裁裁判所では金銭による賠償を命じるだけで、規制の変更が命じられることはありません。
5.これまで日本が結んだ投資協定にはISDS条項はないのでしょうか?
既に日本がタイや中国などと結んだ24の協定にISDS条項は存在します。日本企業がタイを訴えるのは良くて、アメリカ企業に日本が訴えられるのはおかしいというのは奇妙な論理です。今でも、アメリカ企業がタイに子会社を作って、それを通じて日本に投資をするという形をとれば、日本とタイとのISDS条項を使って、日本政府を訴えることは可能です。しかし、海外に進出した日本企業がISDS条項を利用したことはありますが、日本政府が訴えられたことはありません。外国企業だけを差別的に扱うような規制でない限り、訴えられることはないと考えられます。
6.アメリカはどのような立場なのでしょうか?
最近アメリカが締結した協定では、国家が正当な規制権限を行使した場合に、仲裁裁判で敗けないように内容を変更しています。例えば、安全保障や信用秩序の維持のための規制については明確に対象外と規定したり、環境保護や公衆衛生などの場合、国内企業、外国企業を差別することなく実施される措置は収用には原則的に当たらないとする規定を入れています。また、補償は金銭賠償に限定するという規定を入れ、国際仲裁の裁定によって規制自体の改正を迫られないようにしています。このように、どの協定にも同じISDS条項があるのではなく、各協定によって規定ぶりが異なります。日本が懸念を持つ事項があれば、TPP交渉の中で懸念を解消することが可能です。訴えられることばかり心配されますが、日本の投資家が海外で不利な扱いを受けないようにするためには、ISDSは実は必要な規定なのです。